ユバスキュラの盲学校までのお話

 9月22日。月曜日になった。今日から、本格的な研修のスタートになる。
昨日までのたった二日間の滞在で、本来目的から少~し外れているとはいえ、文化や自然、フィンランド人の考え方や生き方について既に大きな成果を得たような気になっているが、今日から始まる新たな体験も、皆相当に楽しみにしているようだ。
今日の予定は、朝8時児島先生がこのホテルに寄られて、ラハティにレンタカーを借りにいく。その際にメンバーから2名ほど同乗して行き、レンタカー手続きに立ち会う。ホテルに残ったメンバーは、ホテルの精算をしておく。レンタカー組はまたホテルに戻ってきて、メンバーを全員乗せ、ユバスキュラの盲学校に向かう。大きな荷物は、ホテルに預かっておいてもらう。盲学校訪問終了後は、ホテルに戻って、荷物を受け取り、ラハティへ行く。レンタカーの精算を済ませた後、時刻によって鉄道かバスでヘルシンキへ行く。そういうことになっている。全工程500kmくらいの移動をすることになる。
 荷物は昨夜の内にほとんどまとめておいた。レンタカー組になってしまったので、しかたない。朝の早いのも泣けてくる。7時ごろに起き、昨日と同じくレストランで朝食を済ませた。 メニューは同じであるが、なるべく昨日食べていないようなフレーク類なども試してみた。
 8時頃、約束どおり児島先生が到着された。昨日のお礼もそこそこに、荷物とルームキーを残留メンバーに託し、早速出発した。 レンタカー組は、今回の研修団長とNAT会長である。
 昨夜から雲の量が多くなってきたかなと思っていたが、今日はどんよりとした雲で、雨が降ってきていた。 この雨にもかかわらず、先生はラハティに向け、100km/hオーバーで飛ばしていく。  こう言っては失礼だが、先生の車は決して新しくないし、ちょっとエンジンの音も大きいので、内心冷や冷やしながら、後部座席に乗っていた。
朝食の写真
朝食のようす
 助手席に同乗した会長は、気を紛らわせるためか、盛んに児島先生に話しかけている。それはいいのだが、先生、話しかけたほうを時々見られるので、ちょっとハラハラしたりする。車の交通量はそんなに多くないので、少しのよそ見なら、まぁいいんだろうけど。
 ラハティまで約25分。さすがにフィンランド第7の都市で、ビルが立ち並び、人の行き来も多い。といっても、人口15万人くらいで高岡並なのだそうだ。知らぬ間に田舎が身に染まったという事だろうか?
駐車場前の通りの写真
駐車場前

ラハティの駐車場
 時間制の駐車場(駐車時間を示すものも子供がよく使うおもちゃの時計のようなもので、通勤者や市民に配布されていて、それで入場時間をセットしていくのだそうだ。)に車を止め、レンタカーショップに向かった。雲がどんよりと垂れ込め、霧も出ているようだし細かい雨が、まだ降っている。町並みは道路が広く、緑も多いのだが、そんな天気のせいか暗い感じがする。5分ほど歩いて、目指すレンタカーショップについた。すぐ目の前には立派な銅像が建っている。元の大統領のものだそうだ。
元大統領の像の写真 レンターカーショップの写真
 当たり前だけど、交渉は全てフィンランド語。昨日もそうだが、ホテルのフロント等でフィンランド人同士の会話を聞くと、言葉の繋ぎに出てくる、「ヨー」というフレーズがやけに強い感じで耳に残っていた。でも、慣れたせいなのか、今日は親しげなものに感じる。
その交渉を横で聞いていたのだけど、先生は、まことに頼もしい案内役である事を再確認した。車は、フォルクスワーゲンのワゴンタイプ。一昨日のタクシーと同じと思えばよく、後部座席も対面式になっている。ただしディーゼル車だから、エンジン音は少し気になるかもしれない。これでさっき来た道をホテルまで引き返して行くが、残念ながら雨は止みそうにない。
郊外の風景、どこまでも畑 写真
おなじみの郊外の風景

道幅は広い
 ほんの5分も走ると街並みは消え、またあのフィンランド風景が広がってきた。帰り道は、車が大きいせいもあるのか、そんなにビクビク感はなく、9時頃、ホテルに帰還した。ホテル残留組は、精算を済ませ、我々のも含め荷物をフロントに預かってもらって、出発準備を万端整えていてくれた。ホテル前で、記念写真を撮り、勇躍、車に乗り込んだ。ユバスキュラまで約150km。天気の回復が望まれる。
ホテル前で記念写真 初めての集合写真1枚目
ホテル前で記念写真
ユバスキュラの盲学校へレンタカーで出発の写真
ユバスキュラの盲学校へ出発前風景
 あいかわらずの風景の中、車は快調に進んで行く。ユバスキュラへの往復は長丁場になるが、実は、この旅には一つの楽しみがあった。それは、この異国の地フィンランドで、この車を運転することである。日本でいろいろと準備をしていた時に、先生から、「一人での運転は、さすがに疲れるので、メンバーで運転できる人がいないかな。」との要請が来たことから話が始まったのだが、何でもやりたがる集団(?)の名に恥じず、メンバー7人の内4人が国際免許を取得して来ているのだった。
緑の畑と遠くの森 写真
風景1
風景2 湖の写真
風景2
 児島先生が、頃合を見て「誰か運転代わってくれる?」と、言ってきてくれた。「さぁ~、出番だ!」と皆思っている筈だが、意に反し、左ハンドルの右側通行という状況に、一抹の不安を覚えたせいか、いつもならすぐにでも出る、「私にやらせて!」という声が聞こえてこない。何かお互い牽制しあっているような感じだ。こんな奥ゆかしい(?)こともあるんだ!結局、普段から左ハンドルに慣れている会長から挑戦してみる事になった。

 街中と違って、目的地までほぼ一本道のようだから、慣れればそんなに難しい事ではない筈である。問題は雨の状況であるが、路面がしっかり濡れており、注意は必要である。
途中で交代しながら2人がハンドルを握った。私が運転させてもらったときも、児島先生は助手席に座り、ナビゲーター役を務めてくれたので、その点は安心であったが、それでも突然「前の車は年式が古いから、追い越して行こう!」などと言われると、一瞬緊張が走ったりもした。急に言われると、やはり心の準備が必要なのである。

 まずウィンカーを左側にあげるわけだが、注意しないとワイパーが動き出す(日本車とレバーが反対についている。今は雨でワイパーが動いているから、止めてしまうことになる。)ので、しっかり確認することから始まる。次にサイドミラーで後方確認。アクセルを踏んでスピ-ドを上げる。タイヤの接地面の水しぶきが大きくなったような気を感じながら、徐々に左側に車を出して行く。この辺りの感覚が日本と正反対なので、やはり違和感を覚えてしまう。そして追い越しを始めるが、相手も古い年式とはいえ、100km近くのスピードで走っているのであるから、相当の緊張感があった。

 運転手のそういう感じは、同乗者にすぐ伝わるようで、「大丈夫かなぁ?」という心配感で、車内が静かになったようだ。それが、さらに緊張を呼ぶようだ。ま、何はともあれ追い越し成功!無事に右側車線に戻った。みんなの「ほっ!」とした雰囲気が同時に伝わってきた。人間とは恐いもので、一度経験すればもうベテラン面になっている。途中で一ヶ所、一旦停止で右折するところがあったが、やはり右から先に見てしまう。「あっ、そうか。」と、左方向をしっかり確認し、さらに間違っても反対車線に入って行かないように気をつけて、右折した。

 ユバスキュラの盲学校には、11時頃の約束であったが、少し遅れそうで、児島先生が、その旨を携帯電話で連絡しているようである。街に近づいた頃、街中の道路を運転させては更に遅れるという事を懸念されてか、運転を代わろうということになった。当然であろう。右の路肩に車を止め、運転を交代した。楽しい体験であったが、背中が何故か汗ばんだ感じであった。
 ユバスキュラの街は、そんなに高い建物もないが、ラハティ等と同じようにゆったりとした造りで、豊富な自然とうまく調和しているように見えた。盲学校まで、どんな道を通ったかわからないが、11時半ころ、無事に到着した。







ウバスキュラ盲学校の駐車場の写真
ユバスキュラ盲学校の駐車場
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